
副業で得た圧倒的な経験値が、キャリアを拓く礎に。急成長スタートアップCDOの“人生を豊かにする副業”
都市部で培った経験や専門性を地域の課題に還元し、新たな価値を生み出す機会として、地域副業への関心が高まっています。 今回ご紹介するのは、複数の地域プロジェクトに参画しながら、自身のキャリアの幅を広げてきたマーケターの大久保 祐介さんです。地域での活動が、価値観やはたらき方にどのような変化をもたらしたのでしょうか。その魅力や可能性について、実体験を伺いました。
プロ人材
大久保 祐介 さん
大阪大学卒業後、大手広告代理店に入社。マーケティングやブランディング戦略の立案から、各種施策の企画や実施まで幅広く担当。スタートアップ対応を専門とする組織の立ち上げにも携わる。その後、FinTechのスタートアップに参画。マーケティング、広報、人事、総務、知的財産などを管掌し、コーポレートブランディングや社員の価値発揮を最大化させるインナーブランディングを推進する。2022年に独立し、現在は、(株)LINE DRIVE代表取締役。
新卒で入社した広告代理店では、マーケティングやブランディング戦略の立案から各種施策の企画、実施まで幅広く経験し、スタートアップの支援にも携わってきました。30代半ばになった2019年に、自分が得たスキルをより企業の成長に資する仕事につなげようとFinTechのスタートアップに転職しました。
企業価値を向上させる戦略的なコーポレートブランディングの他、採用や資金調達、IRまで担当し、現在は企業などの成長支援や地域活性化を主な事業とする会社を立ち上げて代表を務めています。
「副業」のきっかけは、鳥取県で運営されている「週1副社長」プロジェクトを知ったことです。そこから、鳥取県のさまざまな企業の事業支援をお手伝いしています。現在は、起業した会社を通じて仕事をしているので、「副業」ではなく、複数の仕事を平行して行うという意味の「複業」という言葉を使っています。
実は鳥取は、私にとってプロフェッショナルとしての原点とも言える非常に思い入れのある土地なのです。
鳥取市には、画期的な運動理論に基づくスポーツ施設があり、当時はそこでしかできないトレーニングをするために、一流のプロアスリートたちがこぞって利用していました。私は高校時代、甲子園を目指す野球部の部員で、チームメンバーと何度かその施設で合宿していたため、有名なアスリートたちの様子を目にする機会を得ました。一流のプロスポーツ選手が練習に向き合う姿勢は、私の中に強く刻み込まれており、仕事への向き合い方において大きな影響を与えてくれました。
鳥取での「週1副社長」プロジェクトは、久しぶりに鳥取に関われる喜びと、仕事への向き合い方を学んだ恩返しができたらという気持ちで、すぐに応募しました。
鳥取だけでなく、日本各地には、知られざる魅力的なものが数多くあります。私は旅が好きで、全都道府県を回ったこともあるのですが「各地の魅力的なものが知られていないのはなぜだろう」「マーケティングの意義とはなんだろう」と考え続けています。良いものをより多くの人に広めて、幸せを増幅する仕事をしたいという思いが一つの理由です。
たとえば、「木のえほん」のプロジェクトは、達成感のある仕事でした。
鳥取にある智頭町という町は、歴史のある林業地で、質のよい建材として智頭杉が有名です。その智頭杉を使った「木のえほん」をオリジナルで製作しているヒョウデザインという会社があり、「木のえほん」のプロモーションをお手伝いしました。
もともと「木のえほん」は、家具デザインの傍らに作られる高価な一点もので、まさに知る人ぞ知る工芸品でした。子どもに手に取ってほしい素晴らしい物語が五感を通じて展開されていくので、その魅力が広く知られていないことが惜しく感じました。
手作りのよさを活かしつつ量産できる体制が整ったため、どうしたらきちんと売れるのか、世の中から評価されるのかを考えていきました。匂いや手触りなど、五感を刺激する知育商品として大学教授の推薦をもらったり、図書館や公民館に置いてもらったり、保育の見本市に出品するなどして認知を高めていきました。地元メディアでも取り上げられて、結果、在庫切れとなるほど販売数が伸長し、オリジナル商品としてブランドを確立することができました。
こうした成果がいくつか重なると、知人伝いにご紹介などで、どんどん仕事が広がっていくのが、地域で仕事をする面白さでもあります。
鳥取は、人とのつながりを大事にしている方が多く、仕事の輪が大きく広がっている地域です。信頼が生まれると、さまざまな企業から「会ってみたい」と言っていただけたり、行政の方とも意見交換したりする機会が増えていきました。何十年先を見据え、鳥取県の将来を真剣に考えている地域の方々と出会うことは、自分にとって良い刺激になっています。
青谷町での「海と灯台プロジェクト」も、地元メディアの方からご相談をいただいてスタートした仕事です。
このプロジェクトに関しては、最初のコンセプトづくりから携わりました。日本海に面した青谷町の長尾鼻という岬に、シンボルとなる灯台が立っています。この岬は、古代から海洋文化の拠点となっていて、弥生時代の上寺地遺跡も残っています。江戸時代には北前船の交易で栄えた町でもあり、そうした歴史を次世代に伝え、地域活性化につなげるプロジェクトを全面的にプロデュースしました。
「青谷の誇り、未来への灯り」という、シビックプライドの醸成を促すコンセプトを基に、小、中学生向けの教材制作、サイトの立ち上げ、観光マップ制作などを展開し、子どもたちも巻き込む形でプロジェクトを進行させました。デザインワークは、「木のえほん」を製作しているヒョウデザイン社に依頼し、地元企業の力を結集させています。
美しい海も、美味しい魚も、ここにしかない歴史も、遺跡も灯台も、地元の人たちには、あって当たり前のものと受け止められています。しかし、それは当たり前のものではなく、独自のものであり、そこにこそ価値があると、外から来た人間だからこそ示せる仕事になったと思います。
自分自身で立てている軸は4つあります。一つは、プロとして取り組む以上は経済的な報酬です。といっても、報酬の高さのことではありません。中小規模の会社の場合、東京の上場企業と企画するような大規模な施策を持って行ったところで、対応しきれません。企業規模に応じた適切な施策の量と適切な報酬で合意が得られることを重視しています。
二つ目は、自分が成長できるかという視点です。三つ目は、社会的に意味のあることか、という基準です。
ここまでは、割とみなさんが考える方向と同じかと思いますが、次の四つ目は、私だけの軸かもしれません。それは「何年経っても語りたいと思える仕事か」という基準です。あの仕事は面白かったと言い続けられるかどうかを重要視しています。
地域企業には地域企業の戦い方があり、そこにしかない仕事の醍醐味があります。東京の大企業のように“量”で勝負することはできない一方で、“企画”で勝負する点は非常におもしろいですね。コストを抑え、企画の力で成果を出せた時には、ある意味ジャイアントキリングのような感覚を得られる時もあり、そのような仕事は「何年経ってもずっと語っていきたい」物語になるはずです。
自分の知らない世界を見られることです。日本各地に観光には行きますが、そこで見るものは、観光というフィルターがかかっているもので、生活者の視点で地域を見ることはありませんでした。東京にいると無意識のうちに「東京=日本」という感覚を持ちがちですが、そうではない視点を「複業」を通して得られました。
自分とは違う生活、違う価値観、違う幸せがあると知り、自分の世界が広がっていく感覚を持ちました。それは自分の財産ですし、それこそが人生の豊かさだと思います。
仕事をする地域を広げたり、事業を大きくしたりすることも考えられますが、自分としては、「時を超える仕事」をしていきたいと望んでいます。
「木のえほん」の仕事も、初代の代表が作った作品を次の世代に伝えられる形で作り直したものですし、「海と灯台プロジェクト」は、まさに青谷町の未来につなげる仕事です。地域の会社は、2代目3代目と代を継いでいる会社も多く、世代を超えて、時をまたいでいくようなスケール感のある仕事とのご縁が、いろいろな地域であれば嬉しいと考えています。
「副業」であれ「複業」であれ、参画して仕事をする私たちは、先方の会社にとってのキーマンになります。責任もありますし、思った以上に自分の影響力が強くなることもあります。だからこそ、地域企業の支援にはやりがいがありますので、プロ人材の方には、ぜひ責任と影響力を感じながら取り組んでほしいです。スキルを積み上げ、価値観を広げる経験になることは間違いありません。
※ 所属・肩書および仕事内容は、取材当時のものです。